C・イーストウッド『父親たちの星条旗』―第一部だけでも戦争映画の新たな傑作

順番無視で今日は映画。明日の『硫黄島からの手紙』公開前にと思ったので。

硫黄島』をみた後ではきっと印象が変わってしまうから今日のうちに。この第一部だけでも十分な傑作だと思う。
まず監督イーストウッドの、76歳にして新たなジャンルに挑戦し、しかも相性のよくないCG、記憶の中では一度もやったことのないバラバラの時間軸といった冒険を余計なこだわりなく導入した素晴らしいアティテュードに敬意を表したい。きっと方法より、描きたいことの方が先に出る人なのだろう。何よりも映画を知り尽くした職人であり、どんなにしても娯楽性が失われないところがすごい。
たとえばCGでいえば、スピルバーグ色が強い戦闘シーンより、物語的にも大きな意味を持つスタジアムのシーンだ。あの観客と花火に、縦方向のカメラの移動を使って実に効果的な映像にすることに成功している。
そして、さっき立ち読みで確かめようと市内の24時間書店に行っても見つからなかった原作ではおそらくそうではなく、脚本P・ハギスの手によると思われる自在の時間軸。この映画ならではの手法を物語がわかりにくくなるとする向きもあるだろうが、それより登場人物たちの心情を表すのにあげていた効果を重くみたい。このカットバックがなければ、イギーのエピソードは伝えられないだろう。映画に必要以上の説明はいらないのだ。ハギス脚本も、個人的にはいまいちだった『ミリオン』より『クラッシュ』より数段よかった。
そして、印象的な二つのシーン。硫黄島に向かう船でラジオに聴き入るところと、涙を誘う浜辺の海水浴シーン。たとえば、ドクが遅れてゆっくりとズボンを脱ぐシーンを後ろから撮るような、当たり前過ぎてしかもこれ以上には考えらず揺るぎない演出は、イーストウッドの真骨頂といえ、しかもこのシーンのような印象はかつて彼の監督作で味わったことがない。つまりは76歳にして彼の映画力は進化しているのだ。
難点をあげれば、確かに3人以外のエピソードはわかりにくかった。かといって、これらを切って捨てるのがよかったとは思えないのだが。監督の話ばかりになったが、アダム・ビーチはじめ俳優陣もすばらしい。
本作のエピソードが、『硫黄島』でどのように展開するのかも楽しみだ。それにしても、『ピアノ・ブルース』のような珠玉の作品をつくったすぐ後にこういった作品ができるのだからおそれいる。そういえば終映後モノクロのドリームワークスは、淀川氏が『タイタニック』の時に強調していた追悼の意なのか。
戦争映画の新たな傑作の誕生を賞賛しよう。けれどもこの後もイーストウッドで好きな作品といわれれば、『ホワイトハンター ブラックハート』や『ブロンコ・ビリー』と応えてしまうんだろうな。そしてそれはイーストウッドの世界の、とめどもない広さを物語っている。

(BGMは今日が命日のジョン・レノンで『ダブル・ファンタジー』から『アコースティック』。そういえば、何をやっても娯楽性を失わないところはイーストウッドと似てる)