“マンデイ・スマイリー・マンデイ”―U2来日公演最終日レビュー

12月も早くも7日。5日からマフラーもし始めましたが、まだ自室は暖房なし。わけもなく、ただ乾くのが嫌なのと単に面倒なので耐えています。
というわけで、きっともっと寒いだろうアイルランド出身、U2日本公演最終日のレビューです。

会場の埼玉スーパーアリーナに着いたのは大体6時。HPに整理番号順で入場とあったので、開演1時間前に着いた。同行のネクタイでの参戦の弟とは駅で落ち合う。やつがビールを買っていないので、やむなくL缶2人でちびちびでの車中だった。
初めて来たが、街全体は数年前に一度来た時よりSFっぽさに磨きがかかっている。わけのわからぬまま若者どももたまる橋の上に来ると、まだ整理番号100番台。こっちは760なので時間がかかりそうと、弟にビールでも買ってきた方がいいんじゃないかといってやつは駅そばコンビニへ。しかし意外に早く列は進み、こりゃ大変だと思ってたがやつは追いついた。幼稚園児の頃は雪の中、学校に向かう途中で遭難しそうになって泣いたこともあったが成長したものだが、当たり前でなんつってももう38だからな。
弟がなんと唐揚げを買ってくるという離れ技を見せたので、ぱくつきながらちょっとこういう制度はやめて細かく区切った方がいいじゃねえかなどとこういう時の紋切り型である主催者批判でしばし待ち、黒ラベルL缶飲み終わる頃入場。空き缶を持っていたら「缶は持ち込めないですよ」と係員がいうので、入って捨てようと思ったんですよというと彼が受け取ってくれた。なかなかいいやつじゃねえかと先を急ぐ。
まだ開演には1時間あったが、弟とAブロックたる空間のあまりの近さに驚いたり感謝したり。ボノの立ち位置が教室の一番後ろの席からくらいという距離だった。フジロックやライブハウスならいざ知らず、こういうアリーナでのこの距離は初めてかも知れない。いやがうえにも期待は高まる。
じゃあ落ち着いたしということでトイレついでにハイネケン500円を弟の分まで買って来て、いや〜っなんて、さっきまでの主催者批判は忘れて思わぬ僥倖を噛み締めていると、後ろの西欧人が where did you buy beer? (ここから和訳で)あそこです、あまり遠くはないですよ〜首をすくめてノー。おお、さすが西欧人、根性がないともいえるが何とも合理的じゃないかと思いつつ少し話すと、彼ら男女は香港からU2をみるために来日したという。:そうだ、ここはアジアなんだと思いに浸っていると、ファーストヴィジット・ジャパンというレディの方が、あなたマドンナは見たの? などときく。うーん、やはりよくわからん。そのうち弟がトイレに行くからさらにビールを頼み、ウッジューライクビア? ヒール・ブリングユーで、香港ジェントルマンはサンキュー。戻って来た時には人がかなり増えていて、本来なら4つじゃなきゃつかないホルダーをつけてもらったという弟は、途中若けえやつに「ホントかよおっさん」などと批判されながらキャリーしていたらしい。チェンジはいいという香港西欧人にそれではと返し、アジア在住3紳士はU2に乾杯して開演を待った。

そして7:50頃だったか、正体不明な、弟によればボノ考案によるLEDパネルが一斉に発光し、ダブリン出身の4人の山師どもが巨大な音を立て始めた。
1stチューンは最新作から City Of Blinding Lights。サウンドとともに後方からの圧力でさらに前方に押し出され、弟も香港カップルも視界から消える。まあいい。今夜はU2のやつらがいれば十分だ。また終わったら会おう。初期の頃からするとものすごく安定したリズム隊にエッジのギターがキラキラと光り、貫禄のついたボノが伸びやかな声を乗せると山師はロックスターになる。ライブ一発目の感動はその日のハイライトのひとつだけど、こんなに嬉しかったのはそうだな、ポール・マッカトニー、ペイジ&プラント、ジョン本人は無理でも息子のショーン、それとパティ・スミスくらいしか思いつかない。やはり大事なのは出会いから20年という時間なのだ。
終わってから確かめたが今回はすべてこの曲だったらしい。今CDをきき直してみると曲の印象はまったく違う。アルバムではさわやかさすら感じさせる佳曲だが、スピードアップしたライブ版は熱かった。そして oh you look so beautiful tonight の大合唱。
興奮の約4分の後、レコードの uno, dos, tres... でなく「いち、に、さん...」で始まる vertico。まったく商売上手になったぜ。ipot と連動していた赤い円がぐるぐる回る。エンディングで she loves you の一節を歌うと会場は yeah, yeah, yeah。幸福なロックの一夜。
客席に深く伸びた花道に、ボノがエッジが走って行きスポットライトが当たる。後できいた話によると弟の近くの若きロックンレディは、「すごいただのおじさんなのにカッコイイ」と感動していたらしい。これには前から思っていたこと、たとえばボノみたいな容貌の輩はニューヨークあたりを歩いていれば1日に30人はすれ違うだろうし、エッジなんかロンドンならアスコット競馬場あたりの隅っこにいても誰も気づくまい。これだけルックス面でオーラを感じさせないでスタジアムを満員にできるポップスターがいただろうか。
近年のライブの映像、そして今回の公演をみて感心するのはそのエンターテイナーぶりだ。(http://blog.goo.ne.jp/quarante_ans/e/2b6bf75e06c16d0807d7d8987e98b7fe)にも書いたように20年前、事件の背景など知らずに sunday bloody sunday をきいてそのひりつくようなスピリットにただひきつけられていた頃、彼らがこんなみているだけで嬉しくなってしまうようなパフォーマンスをするとは思いもよらなかった。それはたとえば高校の頃は生涯ナンバーワンアルバムだった peter gabriel の3rd。U2と同じプロデューサーの手になるその作品の作者が確かベストヒットUSAか何かに出てニコニコ笑っているのを見た時、おお、gabriel はいつも「開拓者のない狩り」とか一般人に理解できないことをいって決して笑わないのではないのかと、はぐらかされたような気がしたのと似ている。その当時の私は、怒りに燃えたアイルランドの若者は、常に怒りをたぎらせているのだと思っていたのだ。もちろん今回の意外さは悪くない。
そうする中、件の sunday bloody sunday。how long must we sing this song という見事な一節を持つこの曲は、前回来日ではおざなりな演奏に終わったときいた。今は coexist を掲げて歌われるこの曲。これだけ政治的なメッセージの強い曲がこうやって歌われることに一時の私は、ある種の違和感を感じていた。だが、今思うのはたとえ偽善に見えても善行は善行であり、偽善かどうかなんてすぐにはわからないということだ。先週出ていた筑紫哲也の番組でも、批判があるのはわかるがそれでもやるしかないというようなことをいっていた。ひとまず今はこいつらのいうことは信じよう。帰りに並ぶアムネスティやらエイズ撲滅運動の人々を見てそう思った。
そしてあっという間に時間は過ぎ、独特の長いMCから one。レパートリーの中でももっとも美しいこの曲でスターはいったんステージを後にしアンコール。舞妓さんフロム京都をステージに連れてくるところなんか、ストーンズみたいだ。名曲 with or without you も、もう一度ラストに「いち、に、さん...」 vertico。
この上ないロックショーを目撃し、世界が一つになることの重要さも少し感じた中年兄弟は互いを見つけ、魚民でニコニコしながら飲んでいたら終電を過ごして大宮の別の居酒屋で寝て朝を待った。
世界に上り詰めたポップスターが20年前に歌ったのが「血まみれの日曜日」ならこの日の兄弟が歌ったのは「微笑みの月曜日」、そう Monday smiley Monday。こっちはいつまでも歌っていたい。
ありがとう、ダブリンの山師集団。

(写真は2度目の「いち、に、さん...」 vertico。BGMは最新作とヘルメット・ベスト。セットリストは http://u2fan.blog68.fc2.com/blog-entry-207.htmlが参考になりました)