『隠された記憶』―初心者がみる上級者の碁のような

【introduction】
『ピアニスト』でカンヌ審査員特別グランプリ受賞のミヒャエル・ハネケ監督は本作では監督賞受賞。夫婦役にダニエル・オートゥイユジュリエット・ビノシュという豪華な顔合わせ。自分たちの生活を映したビデオが送られてきたことから、夫婦の生活が一変します。賛否両論の『ピアニスト』の奇妙な魅力に引っかかりがあったので期待してみました。いわれているよりずっとエンターテインメント力あり。最後まで引き込まれます。

【review】
上級者の対戦する囲碁を初心者が見ているような感じ。こういう譬えでわかってもらえるだろうか。実はそれが定石通りだったとしても初心者にはその石が何を意味するかわからず、しかしやがて、なるほどここにこの石を置いたのはそういうわけだったのかとわかり、だけどどうしても初心者にはわからない秘密がもやもやしたまま残るというような。
映画の文法から大きく外れたぶっきらぼうなファーストシーンから、観客は映画の中の現実と登場人物たちの想像、そして観客自身の想像の3つの間をさまようことを余儀なくされる。その不安定なたゆたう感じは、「本当?」と繰り返されながら語られる友人の老婆と犬のエピソードに先取りされていたのだろう。ビデオをほかと結びつけようとする想像力、物語化の力が、登場人物たちと観客とを恐れと不安に追い込んでいく。
効果的なビデオの使い方、想像力が産み出す不安というテーマは10年以上前にカンヌを席巻したソダーバーグ『セックスと嘘とビデオテープ』を彷彿させるが、芸術性の高さとともに娯楽性を備えている点は共通している。私にとって映画にとっての娯楽性とは目を離せないということとほぼ同義で、わかりやすいかどうかということはそんなに大きな問題ではない。
やはり何だかわからないまま引きつけられていた『ピアニスト』のどこがすごいのか、本作をみて初めて理解したように思う。例えば意味性を最大にまで引き出すカット割りや、絶妙のタイミングの編集。本作でも緊張感が最大限に高まった後に決まって接続される、プールや農家の庭、学校の出入り口などの引きの絵が見事な効果をあげていた。
このような犯罪を扱った映画をみる時、犯人は誰かとか事件の意味は何かというのは、そんなに重要なことだろうか。それより映画の時間中、画面にどれだけ引きつけられたかを重いと思いたい。「わかる」と「おもしろい」、それと「作品のよさ」の関係はよく考えるが、この点についてはさらにまた考えよう。
『八日目』や『橋の上の娘』などと違った、シリアスなだけのオートゥイユもさすが。丸くなる一方のビノシュは、洟のかみ方がかっこよかった。

9月28日 高崎シネマテーク

(BGMはNHKライブビートspaghetti vabune! という若いバンド。ちょっときくとうまくないのに実はうまいというのはいいけどすぐに忘れそう。それほど日本の売れてない若手バンドのテクニックは上等と思う)