『ある子供』〜懐かしいような、それでいて味わったことがないような人の手の温もり

【introduction】
ロゼッタ』に続き2度目のカンヌ映画祭パルムドールを受賞したダルデンヌ兄弟監督最新作。ワル、ではなく、とことんダメな若者が、恋人に産ませた子どもを売ってしまったり、小学生と組んでひったくりをしたりといった突飛な内容ですが、それが実に不思議な心動かされ方をします。

【review】
ビデオ観賞の『ロゼッタ』に続くダルデンヌ兄弟体験。これもまた驚かされた。
スタイルは一貫している。よく話題になる、音楽がないとか手持ちカメラでアップが多いとかはいいにしても、やはりその極端なキャラクター造型に唸らせられてしまう。ロゼッタをみていて「何でそんなに仕事がほしいんだ」とあっけに取られたように、本作の主人公ブリュノにはその超越的なダメぶりに圧倒させられるのだ。
映画好きとたまに話題にする、映画史上最悪のキャラクターは誰かというテーマがある。私としては、人でなし王として最近の偽装建築騒ぎで再注目の『タワーリング・インフェルノリチャード・チェンバレンのバカ婿、ろくでなし王として俳優名は知らないパゾリーニ『アッカトゥーネ(乞食)』のごくつぶし亭主などをあげることが多い。だが、ブリュノはまた新たなタイプだ。
例えば終盤、小学生とバイクで企んだ引ったくり。映画の犯罪シーンというのは大体がスリリングな昂揚感に満ちたものになるが、そういう感覚からははるかに遠いところが恐れ入る。それまでのあまりのダメぶりに、おいおい、やめろよ、どうせうまくいかないよと、感情移入とはいえない奇妙な気分で画面を見つめるしかなく、川に入る場面に至っては、おめえ何やってんだよと、開いた口がふさがらない。
ドキュメントのようにリアルにみえて、ダルデンヌ映画はリアリティ云々という以上に極端だ。つまりそれは、周到に、この上なく意図的につくり込まれた劇映画なのだと思う。
象徴的なのは、HPによれば「犬のようにじゃれ合う」二人のシーン。延々と、ベルギーの若者事情に不案内なこっちにしても、いくら何でもそんなことはないだろうと思うような“楽しそうな”じゃれ合い。いったいどんな演技指導がなされたのだろうか。そしてそれが『ロゼッタ』の長靴と同様の、人間のプリミティブな所業である乳母車のリフレインに隣接することで、唯一無比の映画時間を創出している。ロベール・ブレッソンとの類似も指摘されるが、この奇妙な連なりはブレッソンにはなかった効果だ。
観客がそんな不思議な映画時間に翻弄させられた後で訪れる、あのラストシーン。こんな場所にもM&Mの広告があるのかなどと感じさせられるのも、この映画世界に入り込まされているからだろう。食い入るようにスクリーンをみつめる肩のあたりに、懐かしいような、それでいて味わったことがないような人の手の温もりを感じたことは、本作がめったにない良質の映画表現であることを示している。
未見の『息子のまなざし』も、DVD保存してあるので近いうちに。

05年12月15日 恵比寿ガーデンシネマにて観