『歌え!ロレッタ愛のために』〜感想、S・スペイセク賛歌として

【introduction】
シシー・スペイセクがアカデミー主演女優賞を手にした、カントリー歌手ロレッタ・リンの半生を描くトゥルーストーリー。それほどの名作というわけではありませんが、一人の女性の悲喜がじわーっと伝わり、ああいい映画だったなと思わせる佳作です。

【review】
私はシシー・スペイセクのファンだ。どちらかというとヨーロッパびいきなので、米国女優のなか上位を占めるのがスペイセクである。
ホットパンツがまぶしかった『地獄の逃避行』、苦手のR・アルトマン作品では一番好きな、不思議ぶり炸裂の『三人の女』、最近の『ストレイト・ストーリー』も絶妙だ。『キャリー』も彼女以外には考えられない。
スペイセクの魅力は何といっても、他では真似できない“おバカそう”ぶり。おバカの演技が得意な俳優は男女とも少なくないが、いつでもおバカに見え、しかも常に楽しそうに輝いて魅力的というのはスペイセクしかしない。『ミッシング』も、彼女の知的なようで何も考えていないという特異なキャラクターあってこそJ・レモンの名演も生きている。『イン・ザ・ベッド・ルーム』は新境地なのかも知れないが、その点が物足りなかった。
「チャーミング」とはつまり、スペイセクのような人をいうのだと思う。本作でその魅力は十分過ぎるほど転げ回る。
ラジオ局であっけらかんとNGワード、夫をあきれさせた不慣れなおしゃれ、そして何より輝くばかりに嬉しそうに歌うステージ。そのいずれもが、本当に楽しくてしかたなさそうで、私たち観客はロレッタの生きる喜びを十全に体験する。カントリーという音楽には明るくないが、こういうものだったのかと目を覚まされた。同じ時代にジャニス・ジョプリンを描いた『ローズ』という名作があるが、ロックではスペイセクの魅力は生きなかったろう。
さらにいえば70年代の香り。製作は80年だが、本作には素晴らしき70年代アメリカ映画の香りがぷんぷんしている。シャープ過ぎないコダックの映像に、広い道路とでかい車、何か生々しい人物たち。壊れ行く信じてきたものを信じるための、はかなくて愛すべき人々の活動の記録とでもいうような70年代アメリカ映画。原題 COAL MINER'S DAUGHTER というのも、実にそれらしい。
大ファンゆえスペイセク賛歌になったが、競演陣ももちろん申し分なし。

ところで『三人の女』。筋には関係ないが、「パウダーオニオン」なる食品が出てきて、スペイセクが「ホント、本物と全然変わらない」というシーンが記憶に残っている。実物を見たことはないが、パウダーガーリックならいざ知らず、粉になって変わらないタマネギの効果というのはどんなものか。シャキシャキが取り柄と思っているだけに、いまだに謎。アメリカでは一般的なのでしょうか。アメリカ型合理主義を突き詰めると「パウダーオニオン」なのか

1980年アメリカ マイケル・アプテッド監督 125m 9月20日