【introduction】
フランケンシュタイン』を素材に、小説の技法と批評理論を紹介する知的興奮にあふれた一冊。帯の「理論を知ることによって、直観はさらに鋭いものへと磨かれる」に大いに納得。読んだ後、自分が少し磨かれて尖った気がします。

【review】
音楽を語る時に「シンコペーション」という言葉を知らなかったら、映画を語る時に「長回し」という言葉を知らなかったら。どんなに不自由なことだろう。
そんなことを考えるのが「Ⅰ 小説技法篇」。「技法」は特に小説の場合、まったく知らずに読むことができ、それがまた「小説」という形式の懐の深さとも思うが、知っていて読むのと知らないで読むのとでは楽しみの質がずいぶん違う。それは例えば、中学校の頃に初めてきいたビートルズの「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」の途中で転調するところ。子どもの頃は何か不思議でいいなあと思う程度だったが、そのうちコードについていくらか知るようになり、楽譜をみて「何だ、こんなんなってたのか」と驚きを新たにしたのに似ている。もちろんそんなことを知らなくてもこの曲は、そして小説は楽しめるが、知っていればより深い時間を過ごせるのは確かだ。
わかっていたけれど何というのかわからなかったことに名が与えられるのは気持ちがいい。この本で、同じ単語の繰り返しを避けるための言い換えのことを「エレガント・ヴァリエーション」というのと知ったのは大きな喜びだった。それはちょうど電車で毎日顔を見て知っているだけの人が、誰かと一緒にいてその人に名を呼ばれ、さらには行っている学校や音楽の好みなどがわかり、ああ、あの人は○○さんっていうのか、△△が好きなんだ、と嬉しい思いがするのに似ている。
「Ⅱ 批評理論篇」も、効果としては同じこと。『フランケンシュタイン』の語り方を通して、ポストコロニアルフェミニズムマルクス主義などさまざまな理論を紹介していくという方法は、例えばビートルズあたりのカバー集でそのアーチストの方法がわかるというのに似て、わかりやすく楽しい。「ジャンル」というものに対して否定的な見方は少なくない。もちろんジャンル分けだけからは何も生まれないし、ジャンル分けすることの弊害もないわけではないが、「理解」ということでいえば大きな助けになることも忘れてはならないだろう。以前読んだ長沼行太郎『思考のための文章読本』というのは、文章に沿った「思考」そのものを分類して興味深かったが、文学理論に限定して批評理論のジャンルを大胆に整理した、著者のこの仕事の意味は小さくない。
サッカー解説なども、個人技重視理論、システム重視理論、精神重視理論などと分類するとおもしろいかも知れない。
なお、当然『フランケンシュタイン』にも改めて興味がわき、先月のイマジカで2本やっていたので楽しみにしていたが、忙し過ぎて録画できず。特に『ミツバチのささやき』に出てきた作品はぜひみたいのだが。

広野由美子『批評理論入門』中公新書 蔦屋にて購入 9月19日読了