『プレイタイム』〜仏映画史上最高の製作費で描かれた“不思議なほのぼの”

ジャック・タチ監督 1967年フランス 125m. NHK−BSで収録 9月8日観

【introduction】
『ぼくの叔父さん』のジャック・タチが当時フランス映画史上最高の製作費をかけてつくられた70ミリ大作コメディ。
ストーリーを紹介するのは難しいですが、タチ映画でおなじみのユロ氏が大都会パリに出て来てあちこちで騒動を起こす、といったところでしょう。
帽子とパイプ、ステンカラーコートでほとんどしゃべらずにおかしなことをするユロ氏は、ドリフのカトちゃんもコピーしていたほどのキャラクター。『ぼくの叔父さん』でも繰り広げた近代化風刺も鮮やかです。
ただタチ作品未見の方は、親しみやすい『ぼくの叔父さん』からみた方がより楽しめるかも知れません。

【review】
タチ作品は数本みたが、彼が万人受けするコメディアンとは私には思えない。
手許にある『映画監督ベスト101』でも郡淳一郎さんが「バスター・キートンのフランス版的キャラクター」と書いているが、セットに重きを置くという共通点はあっても、キートンチャップリンのわかりやすさに比べ、笑いの質が少し高度に過ぎるように思う。
たとえば本作では、花屋で写真を撮るシーンはわかりやすいにしても、窓のシーンをみて大笑いする人が何人いるだろうか。実際にみせたことはなかったが、キートンをみて笑った祖父もタチ映画では笑わなかったろう。
だが、私にとってタチ作品が退屈かというとまったく逆。彼の映画でしか味わえない幸福な感覚に、いつもにこにこさせられてしまっている。
その幸福な感覚とは、言い換えれば「ほのぼのとした懐かしさ」。しかも時代を超越した個性があるから、いつまでも浮いたまま古びない。ンチャンチャンチャンチャ、ビー、ビービー……という独特な音楽の中、すべてのものが奇妙で浮世離れしたスピードで動いていく。
私の世代でいえば、宮脇康之のケンちゃんシリーズとか、コメディタッチでのウルトラマンウルトラQを思い出すような。最近みた映画では70年の湯浅憲明『ボクは五才』という日本映画も同じような感じだったから、この時代特有の映像のにおいのようなものかも知れない。
だが、動く絵画といえる不思議なカットは唯一無比。『トラフィック』でもあった特有の動きをする自動車の群れは、今回はメリーゴーランドを再現してくれた。ガラスに映るパリの街も魅力的だ。
こうしたタチ映画の特質そのまま、多額の費用と1年という長期間を使ってつくられているのだから興味は尽きない。オープニングの驚くようなポリリズムから始まって、クライマックスのレストランのあくまでタチ風のスペクタクル、大団円のラストまでびっくりしたりにこにこしたりする2時間ちょっとはあっという間だ。ただし、大笑いは期待できないが。すぐれた表現に欠かせない「破綻」ということでいえば、本作の場合もともと無理があるともいえる構造の映画なので、完璧だからこその破綻がある。
それにしても、巨費を投じて戦争映画や史実でなく、こういう映画をつくる60年代のフランスには恐れ入る限り。