『かげろう』〜静かな夏の森と戦時の緊張感のコントラストで描く心の漂い

2003年フランス アンドレ・テシネ監督 95m. 8月11日観 WOWOWにて収録 H015

【introduction】ちょっと苦手なA・テシネ監督作ですが、エマニュエル・ベアールにひかれて観。『8人の女たち』のメイドは異彩を放っていたし、ハリウッドスター目白押しの『デブラ・ウィンガーを探して』でのさすが欧州女優というムード、そして04年のカンヌ審査員席で見せたいい意味で爬虫類的なため息と視線……。今年の8月で30歳、魅力は増すばかりです。
と、大絶賛ですが、ストーリーは第2次世界大戦時に夫を亡くし2人の子どもを連れてパリを逃れた小学校教師オディール(ここにもうちのねこの1頭と同じオディール! =ベアール)が、田舎の青年イヴァン(ガスパールウリエル)の手引きで捨て置かれた森の屋敷で奇妙ではあっても安らかな日々を送るというもの。
おもしろかったかどうかといえば、まじめなのはいいのですが、それがよさでなく息苦しさになってしまうテシネ監督作では、今までみた中で一番楽しめました。
フランス南部と思われる田舎風景もこの上ないくらいに美しく、終わってしまいましたが蒸し暑さを忘れたい日本の夏の昼下がりに最適。

【review】戦争という異常な緊張状態での心の寄せ合いということでは、A・ヴェルヌイユ監督、ベルモンド、カトリーヌ・スパークの『ダンケルク』を思い出す。『ダンケルク』では戦場の兵士であるベルモンドがたどり着いた民家の留守を守る少女スパークと思わぬかたちで心通じ合わせてあっけに取られたが、本作での2人の成り行きは途方にくれた美しき人妻と野性の青年という組み合わせは意外性はそれほどでもない。
ただし戦争映画のスタイルをとる『ダンケルク』がいささか大味なドラマの力で時ならぬ恋慕を際立たせていたのと対照的に、本作では信頼と不信の間で揺れる息子、字を読めない青年、彼に教育の必要を説く人妻の心理が絡み合う中で静かにドラマが進んでいく。その過程は丁寧で緊張感に満ち、テシネ監督のいい面がうまく発揮された作品だと思う。
もちろん、ベアールもいうことなし。あれだけ小悪魔的に振舞うことがありながら、本作のような小学校教師のお堅い人妻役をこなせてしまうのは、今回初めて知ったが人権保護活動にも熱心という彼女のまじめさゆえなのだろう。そのお堅い人妻の心の揺れを見事に細分化して描ききった監督の力量は確かだ。
しかしテシネ監督、もう少し余裕のある作品をつくってくれまいか。それだと持ち味がなくなってしまうのかも知れないが。