【introduction】
赤瀬川原平氏が自身の西洋古今名画、観賞のポイントを語る。
みる人、語る人として一流の氏がどのように絵をみるかが、まるで氏自身になったかのようにわかる貴重な読書体験。
途中まで読んで置いておいたのを、『月と六ペンス』を読んだのを期に読了。

【review】
この上なくおもしろい美術ガイド。そして今まで読んだ美術ガイドとは、まったく違った印象がありました。
何なのか考えてみると、本書の場合、一枚の絵のどのように感じそれがどのように自身の中で変わっていったかを丁寧に記していること、かなりの精度で時間軸に忠実であることにあるように思います。
どんな表現、いや表現以外の人やもの、事件でも、私たちは次々にその見方を更新しているのが普通です。ですが言葉としてそれを語る時、その途中に思ったことは置いておいて、最新の地点からどう思ったのかを記していく、それが何かを語るということの宿命だと思います。ちょうどカメラがたとえ鏡を使っても、決してカメラ自身を映すことができないように。
そんなジレンマを本書は、最初見た時はどうだった、その頃の自分はどうだった、自らも筆を手にする氏が、その作品からどんな影響を受けたのか、を語ることによって、一気に吹き飛ばしています。それは氏が本書で繰り返している、この絵のこの部分はこういう風に描かれたのではないか、こういうつもりで描いたのではないかという考察と入れ子構造になるように、絵の作者〜著者〜読者、3次の樹形図を構成しているといえるでしょう。
いってみれば、批評にとってのライブ感。たとえば、絵の全体をみた後、個々の部分についての思いをめぐらせ、もう一度全体をみて違った印象を考え直すといた絵の前の誰もに起こっていることを、そのままのかたちで記したことが、本書のスリリングさの秘密なのだと思います。
ちょうどこの本を読んでいた頃、T・アンゲロプロスの新作『エレニの旅』を劇場でみたのですが、彼の独特のカメラの動きは、本書の赤瀬川氏の目の動きに似ているように感じました。全体からみて、細部に近づいて戻ってきた時には驚くべきことが起こっているという点が。
なお、みる人、語る人として一流の氏の書いたもので今まで読んだ中一番のお気に入りは、毎日新聞『ねこ新聞』にあった、「何といってもやつらは全員全裸である」です。

ブックオフにて購入。